附属「みしな会」近江八幡一泊旅行
2005年9月17、18日と恒例のみしな会が行われた。総数31名の参加で今年も多くの仲間と再会を果たせたし、初
参加の何人かとも楽しい一時を過ごせた。
幹事のお二人、そして何時も支えてくれる陰の幹事さん本当に有難さんでした。
以下にその様子を写真で綴ります。参加された方は勿論のこと、今回は残念ながら参加できなかった方、とく
とご覧あれ。果たして何人お分かりかな?
集合JR近江八幡駅
JR近江八幡駅に集合。迎えのバスでいざ出発。今回の幹事役は中坊君と小川さん。
いざ沖島へ
渡し舟で沖島へ。ところでこの船救命胴衣てあったのかな?
こちらは行儀よく一列に
むやみに話しかけて操船の邪魔をしないでください。
9月と言えども残暑厳しいです。デッキが最高?
掛嶌山 西福寺
蓮如の伝説が残る西福寺。保元・平治の乱(1156年、1159年)で敗れた源氏の落ち武者7人が、沖島に流れつき、そのうちの1人、茶谷重右衛門の末裔が、蓮如(本願寺八代上人)に帰依し、庵を建てたのが始まりと伝えられている。
西福寺入り口にて
沖津島神社へ
沖島で一番広い?道。車もなくいいなこんなところ。
沖津島神社入り口にて。
翌日がお祭りとかで宮司さんたちがお供えを持って社務所から出てこられました。
未だ生きていた鯉。もろこ、わかさぎ、しじみなど琵琶湖の特産でした。
神殿に備えられ祝詞があげられました。
この神社、社殿は真新しいもので有難味に欠けてますが、8世紀初頭藤原不比等が建立し、この地を航海の安全を見守る神の島とした。
懇親会:ウエルシャンピア滋賀
先ず、物故者9名の冥福を祈り黙祷。このHP作成中に新たに1名の訃報が入る。10%近くが故人となったのか・・・・・合掌
懇親会は「みしな会」にはなくてはないらない存在の岡田さんの挨拶で始まり。
本当はこの前に、この1年の有志参加の行事の報告がプロジェクターを使って小嶋君、大西君からありましたが写真がない。済まん。どなたか持っていたら送って!
話はつきない・・・
本当に。そして次回幹事に文殊君と大峡さんが引き受けてくれました。今年参加できなかった方、是非来年は参加お待ちします。
集合写真
2次会・3次会
これは歌っているのではない。
幹事より明日の予定説明?
無我の境地
エンタテイナーはこの人の右に出
る者はいない?
しっとりと聴かせる?
でれっとしないで歌えば!
おれは幹事。文句あるか!
寝てる人も呼び出しての3次会の
始まり。販売機のビールも売切れ
近江八幡散策
2日目は近江八幡を散策しました。
豊臣秀吉の甥、豊臣秀次により今から
約400年前に開かれた城下町で、織田
信長亡き後の安土の町を再建する形
でつくられた。近江商人の発祥の地と
して栄えた。
碁盤の目状の街並みは京都を模した
ものであろう。
絵をクリックで拡大します
旧伴庄右衛門邸。
江戸に出店し、江州産物を扱い巨富を得た。
新町通りの商家の家並み。各家には塀越に
「見越しの松」が美しい。
日陰を求め一時休息。3班に分かれてボランティアのガイドさんが説明。
堀端でハイ集合
八幡堀。秀次は琵琶湖を往来する荷船を全て八幡に寄港させるために設けました。今では近江八幡の春夏秋冬の美しさを演出する代表的な観光名所
となっていて、撮影にもよく使用されているそうです。
後ろの小高い山が八幡山で、八幡城址がある。
鳥居越しに見た白雲館。
明治10年に西洋風建築物として建てられた八幡東学校を平成6年に復元された。
日牟禮八幡宮山門
当神社は平安時代の創建といわれ、京都府
八幡市の石清水八幡宮の神霊を勧請したも
のだそうです。
日牟禮八幡宮社殿
社宝にはベトナムまでその活躍の場を求めた
八幡商人の代表格西村太郎右衛門が奉納し
た「安南渡海船額」をはじめ、重要文化財が多
数あります。
こんなところにもベトナムとの繋がり発見。
長命寺本堂前にて。
808段の石段を登って到着。人数が少ないのは恐れをなしバスで待っていた者も多いため。
長命寺は西国三十一番札所の聖徳太子開基の寺。
2船に分かれて水郷めぐり
1号船
2号船
1船に3つのすき焼きなべ。近江牛たっぷりのすき焼きで昼食。6人の鍋奉行が独自の味付け。こっちの鍋は甘いぞ、あっちの鍋はからいぞ。さてその味は・・・・それぞれに満足でした。
一面の布袋葵。
ハイ、綺麗ですよ!
下船です。
集合写真
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