帰国
ウェリントンの後、カイコウラ→ワイパラ→クライストチャーチと来て、26日間の北島一周は、終わった。
バイクの実地試験も無事終了!「パーフェクト」と教官に言って貰った。
あと、NZでやっとか無きゃいけない事は、寂しいけど愛車キャロルを売る事だけ。
とりあえず、「バイクがなんと$700!」 みたいな張り紙を数枚作って、以前通っていた語学学校、クリーナーのモモコさんが最近通いだした語学学校、 日本食料理屋2店、ワーキングホリデーセンターに張らせてもらった。
一週間位たった午後、シャロン(自分が常駐している宿)のリビングでくつろいでいると共用の電話が鳴った。 「シャロンバックパッカーズ」と言って電話を取るとオイラへの電話だ。 日本料理店「田中屋」で張り紙を見たとの事。 すぐに会い交渉開始。 結局$500+トランピング用品、ロードコード(免許の学科試験学習用テキスト)をつけてやった。 でもただ$200値引きしたわけではない。 オイラが帰国するギリギリまでバイクの引渡しを待ってもらう事を値引きの条件にした。 足がないと何かと不便だからね。
日本帰国までの一週間ちょっとの間は、やる事も色々あったし、何度も帰国祝いパーティーを開いてもらったりとあっという間の出来事のように感じた。 シャロンにいた日本人のケンジには会えずじまい。彼は、今インドだそうだ。
さすがに帰国までのカウントダウンが始まると、ブルーになってくる。 思い出が沢山のNZを離れなければならない寂しさ。 毎晩夜中になると一人庭に出て、星空を見ながらタバコをふかす。 ここの庭にも沢山の思い出がある。 タバコは、ここでしか吸えないから、必然的に、スモーカーはここに集まることになる。
ケンジ、ショーン、タラとよくこの場所でタバコを吸った。 大きな虹の出た日も会った。 庭で料理を食べたり、酒飲んだりといくらでも思い出す事が出来た。 そんな事を考えながら一人タバコをふかす。
帰国二日前バイクを引き渡した。 その日彼(バイク購入者)とシャロンで飲みながら色々話した。
オイラは、南島の旅でYHAに泊まるたびにYHにあるビジターブック(旅の情報ノート)にオイラの旅やキャロルの事を書いていたんだ。 なんと彼は、オイラが書いたビジターブックを読んでくれていてキャロルに愛着を感じているようだ。 彼のこれからの旅に幸あれ! 多分最初は扱いに苦労するだろう。自分もそうだったから・・・。 バイクを引き渡し、彼がキックスターターをがんばってキックするがエンジンは、なかなか掛からない。 アクセルの開け具合とかちょっとしたコツがいるんだ。何回か彼がキックしていると自分には、もう次の一蹴りでエンジンが掛かると音で分かっていた。 「最後に一回エンジンを掛けさせて」と頼みキック一発! もちろん掛かった。 ちょっと自慢げ。 ほらねっ・・・みたいな。 それからキャロルのタンクにキスをした。 酔っ払っている事が愛着を増幅させハードな6ヶ月を共に駆け抜けた同士に対してそうする事以外は、考え付かなかった。 真オーナーとスズキGS125(旧名:キャロル)がオイラを置いて走り去っていく。音が聞こえなくなるまでそこに立っていた。
余談になるが、横井君(同じバイクのりでよくシャロンに遊びに来てくれる)から後日聞いた話だけど、横井君がバイクで、南島から北島へ渡るフェリーを待っていると、見覚えのあるバイクがある。 真っ赤なスズキGS125。 持ち主と話したそうだ。 「これ、ミッチーさんのバイクじゃないですか?」 と聞くと「そうだ」と言う。 それから話がはずみ、メールのやり取りをしていたらしい。 キャロルは、オークランドの解体屋に売られたそうだ。 なんか寂しい。解体屋で修理されて売られるなら良いんだけど、バラされてパーツとして売られるのかもしれない。
帰国の日、どこの国の人か忘れたけど、オッサンが車で空港まで送ってくれた。 もちろんガス代は払ったよ。
シンガポール航空だったので、シンガポールに一週間ストップオーバーすることにした。 もーイッパシの旅行者のつもりでいたので、ガイドブックなんか持たなかった。 期待と不安が交差する。 旅ってこんなもんだよね。 すげー面白そう・・・